加賀美流騎馬打毬とは?

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加賀美流騎馬打毬(読み方:かがみりゅうきばだきゅう)は、青森県八戸市にある、長者山新羅神社(ちょうじゃさんしんらじんじゃ)で、毎年行われます。

全8騎が4騎ずつ赤と白に分かれて競技する場所(桜の馬場:さくらのばば)へ入り、赤4つ、白4つの地面に置かれた毬(まり)を、長さ約2mの木製の毬杖(まりづえ)を使って掬い、自チームの色の毬を自チームの毬門(まりもん)へ、全部投げ入れるまでを競います。

日本在来馬の北海道和種、通称・道産子(どさんこ)に乗り、和鞍(わぐら)、和鐙(わあぶみ)、和銜(わばみ)を使います。

赤または白の端反り笠(はそりがさ)と襷(たすき)、江戸時代に礼服となった素袍(すおう)、両足を覆う鹿の模様の行縢(むかばき)、足袋(たび)を着用します。

加賀美流騎馬打毬のルール・進行と流れ

毬童子(まりどうじ)が、赤白の毬を4つずつ、馬場内の地面に並べていきます。そして、それぞれの色の毬門から4騎ずつ入場し、試合開始の合図で競技開始。

追留幣(おいどめのぬさ)という目印が立ててあり、ここを越えて投げてはいけません。ここより手前から投げ、ノーバウンドで自チームの色の毬門へ投げ入れるとゴールになります。

ゴールをすると、赤チームなら鐘が鳴り、白チームなら太鼓が鳴らされます。ゴールしなかった毬は馬場に戻されます。

両チームがそれぞれ最初の1個をゴールした後は、相手の毬を反対方向に転がしたり、妨害をする事が許されるようになります。

ただし、後ろからの妨害や、毬杖は毬杖のみを叩く事が許されますが、馬や人に当てる事は禁止。

先に4つ全てゴールした方が勝ちとなり、全3試合行われますが、最後の3試合目に勝利した方が勝ちとなるというルールになっています。

加賀美流騎馬打毬の始まりや由来、歴史、起源

八戸藩8代藩主・南部信真(なんぶ のぶまさ)が、加賀美流馬術の訓練として武芸奨励の目的で伝承させていたのものが、1827年の新羅神社改築が行われた際に、桜の馬場を開設し、落成祝いに奉納したのが始まりです。

加賀美流騎馬打毬は、1972年(昭和47年)3月15日に、青森県無形民俗文化財に登録されています。

加賀美流騎馬打毬は、いつ行なわれるの?

八戸三社大祭(はちのへさんしゃたいさい)の中日である、毎年8月2日に長者山新羅神社の例祭後、境内の桜の馬場にて行われます。

長者山新羅神社の場所・住所(アクセスと駐車場)

青森県八戸市長者1−6−10

▼自動車
八戸駅より約20分、八戸自動車道八戸ICより約15分

専用駐車場は有りますが、周辺にも有料駐車場・コインパーキングがあります。

▼電車
JR八戸線本八戸駅より徒歩約20~25分

▼バス
八戸市営バス・南部バス「二十三日町」「十六日町」で下車、徒歩約10分

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