豊烈神社の打毬とは?

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豊烈神社の打毬(読み方:ほうれつじんじゃのだきゅう)は、山形県山形市にある、豊烈神社の例祭で、毎年行われます。

全6騎が3騎ずつ赤と白に分かれて競技する場所(馬場:ばば)へ入り、地面に置かれた毬(まり)を、長さ約1mの竹製の毬杖(きゅうじょう)を作って掬い、自チームの色の毬を毬門(まりもん)の的穴(まとあな)へ、6個投げ入れるまでを競います。

水野沢瀉(みずのおもだか)の家紋が入った紋服の上に、赤地に白か白地に赤の家紋入りの右籠手(こて)、赤か白の紐の紋付陣笠(じんがさ)、紐袴(はかま)を着用します。

豊烈神社の打毬のルール・進行と流れ

馬場内の地面に置かれた、直径約4cmの赤白の毬を掬い、柵の手前から毬門へ投げ入れるとゴールになります。

ゴールをすると、赤チームなら鐘が鳴り、白チームなら太鼓が鳴らされます。

両チームがそれぞれ最初の1個をゴールした後は、相手の妨害をする事が許されるようになります。

自チームの毬を5個入れると、自チーム用の揚毬(あげだま)と呼ばれる十字の印が入った毬が、新たに馬場へ投げ入れられます。

最後の6個目である揚毬を、先に入れた方が勝ちとなります。

豊烈神社の打毬の始まりや由来、歴史、起源は?

1821年(文政4年)に水野忠邦(みずの ただくに)が、藩祖(はんそ)水野忠元(みずの ただもと)を祀る神社を浜松場内に創建し、忠元の命日である10月6日を例祭日と定め、神事として打毬を奉納したのが始まりです。

水野忠精(みずの ただきよ)の代に、出羽山形藩の初代藩主となり、山形で継承されています。

豊烈神社の打毬は、2006年(平成18年)4月28日に、山形県指定無形民俗文化財に登録されています。

豊烈神社の打毬は、いつ行なわれるの?

毎年10月6日に、山形豊烈神社の例大祭時に行われます。

豊烈神社の場所・住所(アクセスと駐車場)

山形県山形市桜町7−47

▼電車
JR山形駅北口より徒歩約10分

▼駐車場
専用無料駐車場があります。

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