鹿島神宮・流鏑馬神事とは?

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鹿島神宮・流鏑馬神事(読み方:かしまじんぐう やぶさめしんじ)は、茨城県鹿嶋市にある、鹿島神宮で毎年行われます。

鹿島城主・鹿島惣大行事家(かしまそうだいぎょうじけ:元の鹿島城主で惣大行事とは鹿島神宮の警察担当の神官の事)により神事が奉納され、倭式騎馬會(わしききばかい)により鹿嶋流騁射(かしまうまゆみ:流鏑馬の原型と言われてるそう)が行われます。

馬上から的を弓で射る射手(いて)は、奥参道に設けられた特設馬場(ばば)、長さ約270mの直線を駆け抜けながら、3つの的(一辺約50cmの板)を狙います。

各射手は2回ずつ走り、合計6回狙います。

馬場の両側には埒(らち)が設けられ、進行方向の左側に的があり、的側は男埒(おらち)と呼び、反対側は女埒(めらち)と呼びます。

道産子や木曽馬系等の和種馬(在来馬:ざいらいば)に乗り、和鞍(わぐら)、和鐙(わあぶみ)、和銜(わばみ)を使います。

鹿島神宮・流鏑馬神事の服装

▼平安時代の装束
水干(すいかん:丸襟で背縫いがない)、水干袴(すいかんばかま)、箙(えびら:矢を入れる容器、沓(くつ)

男性は巻纓の冠(けんえいのかん:冠に付いている背に向けて垂らす部分を内巻きにして止めたもの)、女性は天冠(てんかん)

鏑矢(かぶらや:先端に卵型で中が空洞の武具を付けたもの)を射ます。

鹿島神宮・流鏑馬神事の始まりや由来、歴史、起源は?

鹿嶋騁躬は940年(天慶3年:てんぎょう)、平貞盛(たいらのさだもり)と藤原秀郷(ふじわらのひでさと)により、平将門追討祈願(たいらのまさかどついとうきがん)の為に始められ、1181年(養和元年:ようわ)に鹿島家が継いで、現在に至るそう。

鹿島神宮・流鏑馬神事は、いつ行われるの?

毎年5月1日に行われます。

鹿島神宮の場所・住所(アクセスと駐車場)

茨城県鹿嶋市宮中2306−1

▼自動車
東関東道潮来出口より国道51号経由で約12分

※専用駐車場有り

▼電車
JR鹿島線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線鹿島神宮駅より徒歩約11分

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