音戸清盛祭・大名行列とは?

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音戸清盛祭・大名行列(読み方:おんどきよもりまつり だいみょうぎょうれつ)は、広島県呉市音戸町(くれしおんどちょう)で、5年に1度行われます。

第2音戸大橋橋脚下から音戸市民センターまで、約1.5kmを練り歩きます。

音戸清盛祭・大名行列の編成

先幟、緋羅紗幟(ひらしゃのぼり)、献酒、花上下(はなはなじょうげ)、一番上下、二番上下、三番上下、四番上下、瀬堀幟(せぼりのぼり)、瀬堀子供、合羽籠(かっぱかご)、大見附(おおみつけ)、一番投奴(なげやっこ)、二番投奴、三番投奴、四番投奴、五番投奴、侍、子供挟箱(こどもはさみばこ)、侍、鎗(やり)×3種、侍、馬印(うまじるし)、馬扚持、馬口取、御馬、差笠、草履持、小鎗、鎗、侍、茶辨当(ちゃべんとう)、二重奴、侍、挟箱、侍、片鎗、三本鎗、六番投奴、七番投奴、八番投奴、九番投奴、十番投奴、侍、鏡鎗、鎗、刀筒、鉄砲、御弓、侍、面高(おもだか)、大見附、長刀、侍、扚持、御籠、お籠付、草履持、お局、腰元、台傘、立傘、侍、白毛大奴(しろげおおやっこ)、茶辨当、医者、大見鎗、挟箱、侍、十一番投奴、十二番投奴、十三番投奴、十四番投奴、十五番投奴、合羽籠、御舟、跡幟、太鼓基

音戸清盛祭・大名行列の始まりや由来、歴史、起源は?

遊長門島記(ゆうながとじまき)に「天保5年(1834年)7月16日・17日瀬戸三区清盛祭を行う」と記載があり、平清盛公の功績を偲んで行った念仏踊りが始まりだそう。

「安政5年(1858年)鰯浜大名行列を行う」という記載もあり、ここから大名行列がはじまり、1952年(昭和27年)に中断され、1978年(昭和53年)に復活し、現在に至るそう。

音戸清盛祭として、1979年(昭和54年)3月32日に、呉市無形文化財に登録されています。

音戸清盛祭・大名行列は、いつ行われるの?

5年に1度4月(日付は毎回変動する)に行われます。

音戸清盛祭の場所・住所(アクセスと駐車場)

広島県呉市音戸町坪井1−8(第2音戸大橋橋脚下)

▼自動車
広島呉道路呉ICより約14分

近隣に臨時駐車場が設けられます。

▼電車
JR呉線呉駅より車で約13分

▼バス
JR呉線呉駅前広島電鉄バス呉倉橋島線「清盛塚」下車り、徒歩約8分

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